大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5041号 判決

原告

若林信一

ほか三名

被告

鎌倉チトセハム販売株式会社

ほか一名

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

1  被告らは各自、原告若林信一に対し金二〇九万五七九五円およびうち金一三九万五九七五円に対する昭和四四年三月一日から完済まで年五分の割合による金員を、原告大森清子、同若林茂生、同益子昭子に対しそれぞれ金一一四万五七九五円およびこれに対する右同日から完済まで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二、被告ら

主文同旨の判決

第二、原告らの請求原因

一、(事故の発生)

訴外亡若林林蔵(以下亡林蔵という)は次の交通事故に遭遇した。

1  日時 昭和四三年五月二九日午前九時頃

2  場所 国立市国立二一九番地先道路上

3  加害車 小型貨物自動車(品川四あ四四七一号)

右運転者 被告山田幹雄

4  被害者 亡林蔵(自転車に乗つて走行中)

5  事故態様 加害車と亡林蔵の自転車とが接触した。

二、(事故の結果)

右事故により亡林蔵は頭部・左膝部・肩部・肘関節打撲傷兼左膝部挫創の傷害を受け、更に右頭部打撲に基因する脳内出血により昭和四四年二月四日死亡した。

三、(責任原因)

被告らは、次の理由により本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

(一)  被告鎌倉チトセハム販売株式会社(以下被告会社という)被告会社は加害車の保有者である。

(二)  被告山田

本件事故は同被告の過失によるものである。

即ち、本件事故現場は信号機のない交差点で、横断歩道の設置されている場所であるところ、被告山田は加害車を運転して、事故現場直前に駐車中のバス二台の右側を通過して右横断歩道にさしかかり、横断歩行者一人を待つてその手前で一旦停止したが、続いて横断していた亡林蔵の自転車に気付かず、漫然発進したため、加害車右前輪を自転車前部に接触させて横倒させ、よつて本件事故に至つたのであるから、本件事故は同被告の横断歩道上に対する注意を欠いた過失に基づくものである。

四、(損害)

1  訴外亡林蔵の蒙つた損害

(一) 治療費 金四二万二九八〇円

(二) 附添看護料 金九万一八〇〇円

(三) 入院中の諸雑費 金一万八四〇〇円(入院一日当り金二〇〇円の九二日分)

(四) 生存中の慰藉料 金五五万円(入院九二日、通院実日数八六日、自宅往診治療実日数四二日)

(五) 損害の填補ならびに相続

亡林蔵の損害は右合計金一〇八万三一八〇円であるが、同人の受傷に基づく自賠責保険金五〇万円を受領したので、これを差引くと金五八万三一八〇円となるところ、原告らはいずれも亡林蔵の子でその相続人の全部であるから、右損害賠償請求権を四分の一の金一四万五七九五円宛相続により取得した。

2  亡林蔵の死亡に基づく原告らの蒙つた損害

(一) 慰藉料 原告ら各金一〇〇万円(合計四〇〇万円)

(二) 葬式費用 金二五万円(原告信一が負担した。)

(三) 弁護士費用 金七〇万円(原告信一は原告ら代理人に着手金二〇万円を支払い、判決言渡の時に報酬金五〇万円を支払う旨約した。)

(四) よつて原告信一の損害は金一九五万円、その余の原告らの損害は各金一〇〇万円である。

五、(結論)

よつて被告ら各自に対し、原告若林信一は金二〇九万五七九五円および弁護士費用を除いた内金一三九万五七九五円に対する原告大森清子、同若林茂生、同益子昭子は各金一一四万五七九五円およびこれに対する、各損害発生の後である昭和四四年三月一日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する被告らの答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実中、亡林蔵が本件事故により打撲傷の傷害を受けたことは認めるが、その部位、程度を争う。また同人が原告ら主張の日に死亡したことは認めるが、本件事故との因果関係は否認する。同人の死因は、脳内出血に基因する気管支肺炎であるところ、本件事故に基づく打撲傷により脳内出血を起すことはありえない。

三、同第三項の(一)の事実は認め、同(二)は否認する。

四、同第四項は全て不知

第四、被告らの抗弁(免責)

本件事故現場は、国電国立駅駅前広場から南西方立川方面に通ずる道路(歩車道の区別があり、車道幅員七・六米で、センターラインの表示がある。)上で、駅前広場と右道路が接する地点には横断歩道(幅員三・七米、長さ一一・三米)があり、事故地点は横断歩道立川寄り縁から略六米程立川寄りに外れた地点である。駅前広場内の南方端、横断歩道駅寄り縁から約一〇米の位置にバス停留所があつて、当時同所付近にバス二台が縦に並んで駐車していた。被告山田は加害車を運転して、右二台のバスの右側を通過して駅前広場から立川方面に向うべく横断歩道にさしかかつたところ、同歩道上に数名の横断歩行者があつたので、その手前で一時停止した後、歩行者の横断が終つてから発進し、加害車前部が横断歩道を通過した頃、前方一七米のセンターライン付近をよろけるように対向進行してくる亡林蔵の自転車を発見し、危険を感じたので六米位進行した地点で停止した。ところが右自転車はなおもよろけるように約一一・五米進行したうえ、センターラインを超えて、停止中の加害車右前輪タイヤに接触し、よつて亡林蔵が転倒して本件事故に至つたのである。

従つて被告山田には何ら運転上の過失はなく、一方亡林蔵には前方不注視、センターラインオーバーの過失がある。また被告会社には事故と因果関係を有する過失はないし、また加害車に構造上の欠陥および機能の障害はなかつたから、被告会社は自賠法三条但書により免責される。

第五、抗弁に対する原告らの答弁

争う。亡林蔵は横断歩道に並行して道路を横断していたところ、横断歩道の外側約一・五米のところで加害車に接触されたのである。

第六、証拠〔略〕

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生)は当事者間に争いがなく、同第二項の事実(事故の結果)中亡林蔵が本件事故により受傷したことおよび同人が昭和四四年二月四日死亡したことは当事者間に争いがない。そこで以下本件事故に基因する同人の受傷の内容・程度および右死亡と本件事故との因果関係の存否につき判断することとする。

(一)  〔証拠略〕によれば、亡林蔵は本件事故により頭部・左膝部・肩部・肘関節部各打撲傷兼左膝部挫創の傷害を受けて、直ちに金成整形外科医院(以下金成医院という。)において診療を受け、同年九月二三日まで八七回にわたり同院に通院して治療を受けていたこと、ところが事故後四月弱を経た同年九月二四日午前六時頃、発作的に倒れ、よだれを流して口を利かなくなり左半身に麻痺を生じ意識が不明になるなどの症状を呈して、直ちに国立中央診療所において診療を受け、脳内出血の診断を受けて同年一二月二三日まで入院し、引き続き往診治療を受けていたが、症状の特段の変容を見ないまま脳内出血に伴い気管枝肺炎を併発してこれが直接の死因となつて昭和四四年二月四日死亡するに至つたことおよび同人は当時七六歳の高令であつたことがいずれも認められる。

(二)  問題は右脳内出血が本件事故就中これに基づく当初診断の頭部打撲傷との間に因果関係を有するか否かであるが、結局本件全証拠によつてもこれを認めるに不充分であるといわざるをえない。即ち、亡林蔵の右発作とその後の症状は右のとおり脳内出血によるものと診断されたところ、〔証拠略〕によれば、右はその以前より頭蓋内(ないし脳内)に血腫があつて、それが次第に発達した結果何らかの理由で右時点で突然に右の如き症状を呈するに至つたと考える余地が全くないわけではないが、その症状の内容と事故後の時間的経過からみてその可能性は極めて少なく、同人の年令も考え併わせると右発作の時点において脳内に出血を起したことによるものとみるべきものであつてその蓋然性が高く、水川医師もその趣旨で右診断名を付したのであり、右のような脳内出血とすれば、日時の経過から考えて本件事故に基因すると考える余地はないものであると判断される。

もつとも、〔証拠略〕によれば、亡林蔵は金成医院に通院治療中にも頭痛、手指脱力感、しびれ等の症状を訴えていたことが認められるのであるが、〔証拠略〕によれば、林蔵には受傷直後左前額部に打撲痕があつたものの左程重大なものではなく、医師もそれが脳内部に変化を生ずるほどのものではないと判断したこと、当時右以外に頭部打撲の痕跡を認めなかつたこと、同院では脳内部の変化に意を用いての診断等は施行せず、肩部など身体の機能の回復に診療の主眼がおかれていたことが認められ、また証人水川の証言によれば前記発作直後水川医師は亡林蔵の家人から突然の発作であるとの報告を受けたことが認められるから、これらの事情に照らせば、右頭痛やしびれ等の症状が本件事故に基因するものであることは首肯しえても、それが前記発作に結びつく脳内の変化に関連づけうるほどに重大なものであつたとは認め難いのであつて、右症状の故に本件事故と右発作との間の因果関係を肯認するには足りない。更にまた原告信一本人は本件事故前亡林蔵の血圧は高くなかつた旨供述するが、これまた右因果関係を首肯させるに足りる資料とは言い難い。

その他に右因果関係を認めるに足りる証拠はないのである。

(三)  以上の次第であるから、亡林蔵が前記打撲傷、挫創の傷害を負い、金成医院通院中に呈した前記症状の程度でのみ本件事故との間に因果関係を肯認しうるにとどまり、前記発作(脳内出血)およびそれに基因する同人の死亡を本件事故に基因するものということはできない。

二、そこで右因果関係の肯認しうる限度での亡林蔵の損害について考えるのに、まず財産的損害としては、原本の存在および〔証拠略〕により金成医院の通院治療に要した治療費と認められる金三万八六〇〇円の限度で、本件事故と因果関係を有する損害と認めうるにすぎない。原告主張のその余の治療費および附添看護料ならびに入院中の諸雑費のうち九一日分は、〔証拠略〕に照らしいずれも国立中央診療所における前記脳内出血とそれに伴う症状に対する治療に要した費用であることが明らかであるから、これらはいずれも本件事故と因果関係を有するものと認めることはできない。また〔証拠略〕に照らし、亡林蔵は金成整形外科医院へは結局一日も入院しなかつたものと認められるから、その余の入院雑費の支出もこれを認めるに由ない。

次に亡林蔵が本件事故に基づき蒙つた精神的苦痛を慰藉すべき慰藉料の額について考えるのに、因果関係を肯定しうる前認定の傷害、それに基づく前認定の症状、金成医院への通院状況その他前認定の諸般の事情を考慮して、仮りに同人に本件事故に関し過失がないものとして考えても、その額は、自賠責保険金により填補を受けたことを原告らが自認する金五〇万円から右治療費を控除した残額(金四六万一四〇〇円)を超えることはない。

そうすると亡林蔵の本件事故に基づく被告らに対する損害賠償請求権は、仮りにそれが肯定されるにしても、たかだか右の限度にすぎず、従つて右自賠責保険金により全て填補されたものというべく、慰藉料請求権の相続性の存否に拘らず、原告らにおいて相続すべき残額はないことに帰する。

また原告らが本件事故に基づく原告らの損害として主張するものは、全て同人の死亡に基づくものであるから、それが肯認しえないことは以上の説示により明らかである。

三、以上の次第であるので、原告らの本訴請求は、被告らの責任原因、免責の成否等面余の点を判断するまでもなく失当というべきであるから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴第八九条、第九三条第一項本文を適用し、よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 浜崎恭生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例